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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)9638号 判決

原告 陳金泉

右訴訟代理人弁護士 牧野芳夫

同 華岡益之

被告 千代田生命保険相互会社

右代表者代表取締役 萱野章次郎

右訴訟代理人弁護士 常盤温也

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一、五〇〇万円の支払いをせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は昭和一九年一一月三〇日香港において被告会社南支事業部との間に訴外長女陳葉を被保険者兼保険金受取人、保険金五万円、満期一〇年の生命保険契約を締結し、保険料三万八、〇〇〇円は同日一時払いで香港通貨一五万五、二〇〇ドルを軍票に交換して支払った。当時円と香港ドルの交換率は一対四であった。

2  台湾省における戦前の生命保険契約は、原告と被告会社との間に締結した生命保険契約を含めて台湾人寿公司(台湾生命会社)が接収したものから除外されており、また「日本国と中華民国との平和条約」(昭和二七年条約第一〇号、以下「日華平和条約」という。)は日本政府が昭和四七年九月二九日これを破棄した今日、原告と被告会社との間の生命保険契約は有効に存続している。

3  被保険者陳葉は、民国三九年八月九日(昭和二五年八月九日)台湾台北市において死亡し、保険事故が発生したので、保険金受取人陳葉の相続人(実父)である原告が死亡保険金の請求権を有するのであるが、物価指数が変動した結果右契約保険金五万円は少くとも現在の価格に換算してその三六〇倍を下らないので、被告会社に対し保険金として金一、五〇〇万円を請求する。

二  請求原因に対する認否

1  第1項のうち、主張の日時頃に主張のごとき内容の生命保険契約が締結されたことは認める。ただし、保険金受取人・締結場所・保険料の支払いについては不知。その余の事実は不知。

2  第2項は、否認する。

3  第3項のうち、被保険者の死亡の点は不知。その余は否認する。

三  抗弁

時効の援用

生命保険金の請求権は二年の短期時効により消滅するから、本件においては死亡時から二年後の昭和二七年八月九日においてすでに時効消滅している。昭和四九年一一月一二日の口頭弁論期日において右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否、再抗弁

1  右抗弁は否認する。

2  原告は被告会社に対し昭和二六年五月頃被保険者の死亡の事実を告げ保険金の支払いを請求したところ、被告会社の担当者調査役羽田昱、顧問川上親之、保険金課係長田口功は「占領下にあり、外国人との保険契約関係については平和条約が成立するまでは如何ともすることができない。」旨回答するのみであった。そこで、昭和二七年四月二八日日華平和条約の締結をみたので、同年五月中に被告会社に本件保険金の請求をしたところ、被告会社は「終戦によって外国人となった中国人との契約は日華条約第三条により生命保険契約を含む債権債務の処理について両国の附帯特別協定があるまで手を触れることができない。」と回答するだけであった。原告は、その後引き続き何回も被告会社に対し本件保険金の支払いを請求したが、要領をえなかった。そして昭和四六年に至り書面により被告会社に問い合せたところ、本件生命保険契約も台湾省政府によって接収された旨の回答をえたので、台湾人寿公司に照会したところ、同公司から接収の中に含まれていないとの回答をえたので、その後あらためて被告会社に本件保険金の請求をしたものである。被告会社は、右本件保険金請求に対して、いずれも債務を承認しているので、時効の抗弁は理由がない。

五  再抗弁に対する認否

右再抗弁を否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  保険金受取人の点を除き、原告主張の如き内容の生命保険契約が昭和一九年一一月三〇日頃締結されたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、右保険契約の保険金受取人は被保険者陳葉であること、昭和一九年一一月分から昭和二八年一一月分までの保険料として金三、八八〇円が一時払により支払われていること、原告及び訴外陳葉は台北市に本籍を有する中華民国人であることが認められる。

二  そして《証拠省略》によると、本件生命保険契約の被保険人である訴外陳葉は昭和二五年八月九日死亡し、本件保険金の支払義務が一応発生していることが認められる。

三  ところで、日本の生命保険会社が昭和二〇年八月一五日までに契約を締結した生命保険契約のうち、中華民国の国籍を有している人との契約或いは終戦により中華民国の国籍を取得した人との契約に基づく債権の取扱いについては日華平和条約第三条により、「日本国政府と中華民国政府との間の特別取極の主題とする。」と取り決められ、その処理の具体的内容は日華両国間において具体的に交渉してきめることになっているのであるが、いまだその取極めはなされておらず、また、昭和四七年九月二九日日本と中華人民共和国との国交が正常化したことに伴ない、右日華平和条約は存続の意義を失なうに至り、従って前記債権の法的取扱いについては日華両国間において今日まで未確定の状態にあることが明らかである。

そうすると、本件で原告が請求している保険金も当然に法的取扱いの未確定の状態にある右債権の中に含まれるから、その余の点について判断する迄もなく、現在の時点において原告が被告会社に対し本件保険金の請求をするのは失当というほかない。

四  よって、原告の本訴請求は失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田二郎)

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